1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>
2008-11-10 00:45:12

さらりな

テーマ:ショートショート
都心から程近い駅。駅前は賑やかだが若干品が悪い。日が落ちてからの方が活気がある。その駅から徒歩五分のマンションのベランダにて。午前11時。

小さな椅子に座って煙草を吸っている。ここに越してきた時に買った椅子でスチールのパイプにビニールの座面が張ってある。昔はここで本を読んだりもしたものだけど、最近ではもっぱら喫煙時専用の椅子。もう部屋で吸っても文句を言う奴はいないのに部屋では吸わない。このルールだけは守ってる。煙を吸う。煙を吐く。ぐったりと吐く。煙は空に昇っていく。ベランダが切り取った長方形の空を見上げる。青い空。あまり長く見ていちゃいけない気がして目を逸らす。煙草を灰皿でもみ消す。灰皿はすでに吸殻で一杯だ。サッシ越しに部屋の中を見る。隅々までもれなく散らかっている。片付けなきゃな、と思いつつもう一本火を点けた。煙を吸う。煙を吐く。もっさりと吐く。懲りずに空を見上げてみる。俺は何をやっているんだ?誰に問うでもない。誰が問うでもない。でも、そんな思いだけは常に俺に寄り添っている。俺は何をやっているんだ?なあ、俺はここまでの人間か?

サッシの開く音がした。ベランダの仕切りの向こうから。姿は見えないがお隣さんがベランダに出てきたようだ。ピッピッという音がする。おそらく洗濯機を操作しているのだろう。その後も生活雑音のオンパレード。プライバシーなんてあったもんじゃない。そのうち掃除機の音に混じってお隣さんの歌声が聞こえてきた。

「えす!えー!てぃーゆーあー!でぃーえーわい!ないっ!」

舌ったらずのベイシティローラーズ。歌の古さとは裏腹にずいぶんと若い女の声だった。二十代前半か、もしかしたら十代。この辺りはフィリピン人女性の勤務する店が多い。このマンションの住民もまた。しかしお隣さんはどうやら違うようだ。フィリピンの人は大抵英語が上手い。隣から聞こえてくる歌声は明らかに日本の教育を受けた英語だった。ニコニコと笑いながら掃除機をかける若い女性。デニム地のホットパンツにだらりとした大きめのプリントTシャツ。そんなイメージが浮かんだ。髪型はそうだな、アップにしてるかまたはざっくりと結んだポニーって所だろうか。そこまで考えて思わず苦笑する。生活騒音から妄想たくましくするようじゃ俺も終わりだな。これじゃあストーカーになりかねない。煙草をもみ消して部屋に入る。その間もお隣さんの歌は続いていた。ささささらりなー。

座ったら綺麗にする気力がなくなる。それはわかってる。それを始めるきっかけを今手に入れた気がした。お隣さんの歌声がそれをもたらした。男を動かすのはいつも女だ。ゴミ袋を取り出してその辺にあるゴミを片っ端から入れ始める。テンションが上がってるうちにやりきらないと。とにかく手早くやる。手早くやる。綺麗になってくるとちょっと楽しくなってくる。ノリよく続ける。やれば出来る!分刻みで動いていたあの頃を思い出せ!加速しろ!

中身を詰め終えたゴミ袋は三袋にもなった。ゴミの下から鏡が出て来たのでついでに髭を剃った。鏡は二人で映った写真の横に置いた。まだやれんだろ?鏡の中の俺に聞いてみる。答えはない。まあ、見ててくれよ。これは写真の女に言った。さっきから頭の中ではベイシティローラーズが鳴り響いている。ささささらりなー。ささささらりなー。


同じテーマの最新記事
2008-10-07 00:28:04

恋愛小説家

テーマ:ショートショート
「なあ、俺さあ、小説家になろうと思うんだ」

「ふーん」

「だから別れてくれ」

「ずいぶんと突然だね。私と別れないと書けないの?」

「たぶん」

「理由は?」

「もうお前とは恋ができないから」

「全然意味わかんないんですけど」

「お前とはさ、それなりに盛り上がって泣いたり叫んだりしながら」

「叫んだって誰がよ」

「ああ、叫んでないか。泣いたり泣かれたりしながら」

「大体泣いてたのあんたじゃん」

「うるさいなー。じゃあ泣いたり泣いたりしながらここまで来たけどさ、あとはもう安定期だと思うんだよね」

「まあ、そうかもね」

「そうなるとさ、やっぱり刺激が無いわけ。作家には刺激が必要だと思うのよ」

「恋の刺激がほしいんだ。それを糧に恋愛小説が書きたいってこと?」

「うん」

「なら別れてあげるよ。確かに今のままじゃ物書きとしては大成しそうに無いしね」

「そうかな」

「うん。人って知らないことは書けないのよ。見聞きしたことだけじゃ薄っぺらくて駄目なの。実際にどれだけ経験を積んだかで書くものって変わると思うな。その点あんたは全然足りないじゃん。あたしみたいなはすっぱをちょっと引っ掛けていい気になってたって全然足りないよ」

「そっか」

「うん、せめてあと何回かさ、きっちり恋をして心底惚れられたり、泣かせたりとかさ、それこそ死ぬ死なないって恋をしてごらんよ。そうしないと恋愛物なんて絶対書けないから。そんな経験も無いまま恋物語を綴ったって陳腐なものしか書けないよ?結局登場人物殺してお涙頂戴みたいなさ、そんなもんだけ量産したって全然売れっこないから」

「なるほど。いい事言うねぇ」

「そりゃね。あんたよりは恋で泣いてるからね。それにさ、やるなら成功してほしいし」

「セックスってこと?」

「その性交じゃねーよ、ばーか」

「まあ、あれだよ。別れようって言ったけどさ、なんかお前いい事言うからもうちょっとそばに置いといてもいいよ?」

「え、よくきこえない。出口はあっちね」

「なに、追い出すの?」

「何で別れた男住まわせなきゃいけないのよ。しかも売れそうも無い作家崩れなんて。出口はあっち。じゃあね」

「いや、あの、だから、もうちょっと置いといても…」

「なんだって?」

「あ、あの、もうちょっといたいなーって」

「少しは傷つけたとか思わないの?」

「思います」

「じゃあ先にすることあるんじゃないの?」

「別れるとか言ってすいませんでした!」

「それから?」

「掃除と洗濯はするのでここに置いてください!」

「それから?」

「まだ足りませんか」

「うん、作家になるんじゃないの?」

「あ、でも追い出されちゃうならなりません」

「ばかやろー!全力でチャレンジしてみろー!」

「応援してくれるの?」

「あったりまえだろー!そんで全力で成功しろー!」

「あーでも腰が持つかなー」

「だからそっちの性交じゃねーっつーの!」

「相変わらず面白いねぇ」

「あんたははつまんないよ。そんな言語感覚じゃ恋愛物なんて書ける訳ないじゃん。親父ギャグとビビッドな恋愛小説は相容れないでしょ」

「そうだよねー。そいえばビビッドってなに?松田聖子?」

「それはビビビっと来たでしょ。まったくもう、ダサい上に古いよ。そんなんでいったいどんな恋愛小説書くってのよ」

「まずね、出会いは風の中」

「キョンキョンのパクリでしょそれ」

「ヒロイン役には夏帆(17)」

「先に話を作りなさいって」

「主人公は総理大臣になる」

「もういろんな意味でNG」

「じゃあまじめに考えるよ。ある年の夏休み。兄弟二人だけで暮らす古い家に一人の美少女がやってくる」

「お、それっぽいね」

「兄弟の父親はトラックの長距離運転手でほとんど帰らない。家事全般を黙々とこなす出不精な兄と高校では水泳部所属で彫刻にも興味のあるこれまたストイックな弟」

「ふむふむ」

「突然現れた少女は沢山の荷物を持っていた。今夜からここで寝泊りさせていただきますと言う彼女に対し、兄は理由もなく受け入れるわけにはいかないと拒否。弟もここは男二人だけで暮らしてるんだし、もしかしたら危ない目にあうかもしれないよと警告」

「弟の正直っぷりがなかなか好印象だね」

「ところが少女はこう言う。なんと言われても行くところが無いので泊めてください。それに危ないことにはならないと思います。何故なら私とお二人とは兄妹かもしれませんから」

「お、なかなかいいね。どきどきしてきたよ。お母さんが出てこないのも気になるね」

「そして妊娠する少女。しかもどちらの子かわからない」

「えーーーーー!いい展開だったじゃん。もうちょっと清い方向でいこうよー。せっかく素敵青春恋愛物っぽかったのにー」

「わかった、じゃあ妊娠は無し。少女は兄の趣味によって家の中ではスクール水着で居ることを…」

「だからエロは止めなさいって」

「わかった。じゃあエロは無し。少女は弟の言いなりに町で薬を売るようになります」

「なんなの?どうして素敵な話からずれてっちゃうの?」

「なんか俺汚れてるんだろうね」

「そうだね。素敵恋愛小説には向いてないかも」

「じゃあやっぱ俺、ギタリストになるわ」

「え、よくきこえない。出口はあっちね」


2008-10-05 21:39:57

ぼくらの

テーマ:ショートショート
古びた一軒家の中で。

弟は机に座っていた。こちらからは背中しか見えないから何をしているのかはわからない。ただコリコリと木を削る音が聞こえるからまた何か木を彫っているのだろう。弟は一人で何かをするのが好きらしい。時々こうやって木の塊を彫っていることがある。何か完成したものを見せてもらったことは無い。水泳をやっているせいだろう。高校一年という年齢のわりにはがっしりした背中だ。親父の背中に似てきたなと思う。親父は今日も日本のどこかでトラックを転がしてるはずだった。虚弱な僕は親父に似ていない。その分、弟が似てきてる気がする。

「なっちゃん帰っちゃうぞ。いいのか?」

「ああ」

ぶっきらぼうな返事が返ってくる。僕は揚げ物の途中だったのですぐに台所に戻る。唐揚げが揚がるまでにもう少しかかりそうなのを確認するとまた弟の部屋へと向かった。弟はさっきと同じ格好で机に向かっている。

「一時半のバスだってよ」

「ああ」

また台所に戻って唐揚げを確認、いくつかを取り出して油切りに乗せる。大きめな一つを包丁で二つに切ると十分に火が通っていたので残りも全部引き上げた。親父がほとんど家に居ないせいで僕は大分料理を覚えた。ちゃらちゃらしたメニューは苦手だけど大抵の料理はそれなりに作る自信がある。唐揚げはその中でも自信のあるメニューだ。それに、初めてなっちゃんが褒めてくれたメニューでもある。

この古い家はずいぶんと暗い。台所は狭く、小さな窓が正面についているだけだ。照明も天井からひょろりとぶら下がった裸電球が一つだけ。窓の外は裏庭になっていて笹だのなんだのが生い茂っている。右手は風呂場になっていてそのさかいにある木製の扉は下のほうが大分腐っていた。今はその扉は開けてある。何しろここは暑い。少しでも風を入れないと死んでしまう。冷蔵庫から麦茶を出そうとして振り返るとそこになっちゃんが居た。はっとした僕になっちゃんが声をかける。

「驚かせてごめんなさい。もうそろそろ、出発しようかと思って」

はっとしたのは驚いたからだけではない。この四十日間で一度も見たことのない服をなっちゃんは着ていたからだ。それは真っ白なワンピース。ロング丈のそれはまさに清楚としか言いようがなく。

「あと五分だけ、待ちませんか?」

そういいながら僕は籐の入れ物にキッチンペーパーを敷いて唐揚げを詰める。残り半分にはこれまた自信作のからしの効いたサンドイッチを詰めた。詰めながら「秀樹ー!最後だからちゃんと挨拶しなー!」と叫ぶ。最後だから、と言った自分の言葉にちょっと怯える。さっきの弟の態度からもしかしたら二人はもう別れの挨拶を済ませているのかもしれないなとも思う。そう思った瞬間、嫉妬の炎がチロリと燃えたので僕はあわててそれを踏み消す。

お弁当を詰めた箱をビニール袋に入れ、さらに小さめの伊勢丹の紙袋に入れた。ハイ、と言ってそれをなっちゃんに渡すともういちど「秀樹ー!」と声を掛ける。

「あ、いいんです。別に。なんだか忙しそうだったし」

今までずっとそうだったように、あの一瞬を除いてそうだったように、今もなっちゃんは素敵な笑顔でそう言った。

「じゃあ、そこまで送ります。僕だけでも。あ、これ持ちます」

と言って今渡した紙袋を取った。

「他に荷物は?」

「もう全部送ってしまいました。父の元に。あとはこのボストンだけです」

じゃあそれもと言って僕が持った。なっちゃんはつばの広い真っ白な帽子だけを持った。開けっ放しの玄関から外へ出る。家の中の暗さに慣れた目には今日の日差しは辛い。僕は思わず目を細め、なっちゃんは白い帽子をかぶった。家を出てからバス通りまで徒歩一分。そこから左に折れてバス停まで三分。強い日差しの中を二人して歩く。あまりに日差しが強くて周りが白っぽく見える。前方を見ると陽炎の中からバスが顔を出した。

「じゃあこの辺で。色々ありがとうございました。」

なっちゃんは僕から紙袋とボストンを受け取るとぺこりと頭を下げ、道路を渡って反対側のバス停へと向かった。ボストンをベンチの上に置くとこちらを向いて手を振った。いつもの笑顔だ。いつもの。僕はなっちゃんと同じようにひじを曲げて肩の辺りで手を振ってそれに答えた。やがてバスが到着し、なっちゃんを隠した。そしてバスが出発し、なっちゃんを連れ去った。あとにはバス停がぽつんと立っているだけだった。風景は相変わらず白っぽかった。

僕は道を渡ってバス停のなっちゃんが立って手を振っていたあたりに立ち、バスが来たほうを見、バスが去った方を見た。試しに、さらば青春、とか言ってみたけど特に寂しくなったりはしなかった。台詞としてはちょっと不適切だったからかもしれない。そんな単純かよっていう思いが寂しさをはねのけた形だ。ただ他に適切な自分の内面を吐露する洒落た台詞は思いつかなかったので僕はそのまま無言で家へ帰った。

家に着くと、真っ暗だった。この家は暗すぎる、そうつぶやきながら弟の部屋に向かう。

「あれでよかったのかよ」

そう聞くと

「わかんないけど、これ以上盛り上げたら辛くなるばっかりだろ、お互いに」

と言った。

お互いに、は、なっちゃんと弟なのか、それとも僕と弟なのか、それを聞く勇気は僕はなかった。ただ弟はこれ以上盛り上げるのを敬遠した。ということはきっと二人だけで別れの挨拶をしたりはしなかったのではないかと思った。そのことに僕はちょっとだけ安心し、またそんな自分を恥じた。僕は弟よりずっと子供だ。

「唐揚げ食うか?もしあれなら素麺もゆでるけど」

そう聞いた。弟はああ、と肯定とも否定ともつかない返事をした。僕は台所で唐揚の後片付けと素麺をゆでる準備をしながら、手土産に唐揚ってやっぱり変だったろうかとちょっと反省をした。冷蔵庫から麦茶を出してコップ一杯分一気飲みをし、さらにもう一杯注いでから麦茶をしまった。急に噴き出してきた汗をぬぐいながらさっき試し切りをした唐揚げの半分を口に放り込んだ。咀嚼しながら柱にかかっていた日めくりカレンダーの八月三十一日を破り捨ててぼくらの夏は終わった。


2008-10-04 17:40:24

二つの未来

テーマ:ショートショート
彼のブログがこの世から消えた。
ドメインの有効期限が切れたんだと思う。
たぶんそう。
あたしは凍りついた思い出さえ見る事が出来なくなった。

あたしと彼はブログでの交流を通じて知り合った。恋が進むにつれて二人のブログには思い出が詰まっていった。二人の距離が開きはじめると彼のブログはだんだんと無口に、あたしのブログはだんだんと無表情になっていった。

そして。

彼と別れたのが5月で。時を同じくして彼のブログの更新が止まった。あたしは更新が止まったにもかかわらず、数ヶ月間毎日訪問していた。代わり映えしないトップページがいつも私を出迎えてくれていた。そしてとうとう数日前、ブラウザに映し出された
「サーバが見つかりませんでした」
というメッセージ。
特に落ち込みも、泣きもしなかった。
すでに十分予想はしていたことだったから。

「もしお前と別れるような事があったらあそこは更新しないから」
まだ付き合っていた頃、彼はそんなことを言ったことがあった。なぜと聞いたあたしに彼は
「あそこはお前との楽しい思い出を貼り付けるって決めたから。別れてネガティブな想いをつづるなんて真っ平だし、他の女との恋なんて匂わせてお前を不必要に傷つけたくない」
私は彼の言う意味が今ひとつぴんとこなくて。それは当時、別れってものに対して実感がわかなかったせいかもしれない。ただ、こうなってみて思う。色々あった結果としてお互いの道が分かれてしまった今、すべてを断ち切ることであたしから自分を消し去ろうとしてるのじゃないかと。
「はやく俺なんか忘れて次の恋でもしろよ?」
もはやトップページさえ映さないブラウザからのメッセージをあたしは都合よくそう解釈することにした。

夏も終わりに近い。
公園のそばに転がってる蝉の死骸。
だんだんと高くなっていく空。
秋の気配はそこここに見つかりはするけれど、新しいの恋の気配は微塵も感じない。

そういえば別れてからあまり泣かなかったな。
そんな風に思う。
一時期はあまりに泣けなくてあたしは本当に彼を好きだったのかと疑ったくらい。泣いたほうがきっと楽になる、そんな想いもあって彼といったレストランに足を運んだりした事もあったけれど泣けなかった。そのレストランがあたしに提供してくれたのは泣ける場所ではなくて、一人で食べるにはちょっと豪華すぎるディナーだった。少し残した。でも美味しかった。彼はあたしがたくさん食べるのをとても喜んだっけ。太るから嫌なのに。でも彼との食事は楽しかった。彼と付き合ってる間に少し太った。彼と別れて少し痩せた。そこまで思い出に浸っても泣けなかった。

ただの日常は恐ろしいほどあたしに何も残さない。
そんな日常からさらに感情を間引きしてあたしは自分のブログに載せる。
それを彼が見ているかどうかはわからない。
見て欲しいのかどうかもわからない。
何か伝えたいのか。
生きている事だけでも。
それとも。
新しい恋を見つけた時にここで報告したいのか。
自分でもわからないままにあたしはブログに薄っぺらな日常をつづる。

シャワーを浴びた。
温度調整を間違えて熱い湯がほとばしる。
「熱っ!」
肩口から胸にかけて流れた熱い湯ががじんわりとした火照りをそこに残す。そういえば彼は熱めのシャワーが好きだった。あたしはぬるめ。彼はあたしとシャワーを浴びる時にはぬるくしてくれていた。あたしが先に出て。彼は温度を上げて。少ししてから彼がお風呂場から出てきて。いつも熱気を連れてきて。あたしはバスタオルを渡して。そっとキスを貰って。肌が触れて。あたしより熱い肌。接触。抱擁。

あたしはこみ上げてくる強い感情に耐えきれずしゃがみこんで泣いた。二度とあのぬくもりが戻らないことに気づいて泣いた。沢山の後悔と思い出が涙となって流れていくようだった。泣きながら思わずつぶやいてしまった「帰ってきてよう」にさらに泣いた。本当に必要だったってことに気づき、そしてそれに気づかないようにしていたことにも泣いた。泣き声はシャワーの音に溶けきれずにお風呂場をぐるぐると回った。

寂しがっていたのは心より肌なんだろうか。心には理性があって思い出さえ封じ込める事が出来るけれど、肌には感触しかないから。そんな風に思ったのは、体が完全に冷え切って、ようやく泣き止んでからだった。

あたしはそれをブログに上げた。珍しく感情を引き算しないで。最後の一行はこう結んだ。

「あたしの肌があなたに逢いたいと狂ったように叫んでいます」

いやらしい女だと思われてしまうかもしれない。この一行だけ切り取ったなら。でも今はこれでいい。夜には夜の文章がある。あたしはそう思ってベッドにもぐりこむ。

明日の朝、きっと彼からのコメントがついてる。
理由はわからないけどそんな気がする。
でも万が一コメントが無かったら。
あたしはようやくブログと一緒にこの恋を閉じる事が出来るかもしれない。
どちらが望む未来なのかもわからないままあたしは眠りに落ちた。


2008-10-04 17:38:05

何度も何度でも

テーマ:恋三行
窓から
光が
射す
1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>